20121013

[Hotel] Residence Bene / Prague

プラハでの宿、Residence Bene。旧市街広場に歩いて行ける距離で、トラムの走る大通りも近くなかなか便利。泊まった最上階の部屋は屋根裏といった感じで、背の高い人は窮屈に感じるかもしれませんが私には居心地よかったです。リフォームからそう日が経っていない感じで清潔感もあり、とても気に入りました。ちなみにお向かいの部屋のドアとの距離はびっくりするぐらい近いです。しかし難点は、シャワー。最初バスルームのドアをあけて「あれ? トイレだけ?」と思ったらひっそり隅にシャワーヘッドが。仕切りも何も無いので、シャワーを浴びるとバスルームすべてがびしょびしょです。慣れない。
出会ったスタッフの人も皆感じよかったです。オンライン予約したバスのチケットを印刷したくてパソコンとプリンターを使えないかと尋ねると、印刷しておくのでデータを添付してレセプションにメールしておいてと言われました。見られて困るものをプリントしたい時はいったいどうすれば。
朝食メニューにあったかいスープがあったのが(たとえしょっぱくとも)うれしかったです。

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小さい頃『読者の怪奇体験談』みたいな本で“夜中にふと目を覚ますと、ベッドの真上の天窓から自分が覗いていた”という話を読んだことを急に思い出し、おそろしくなったのもよい思い出。

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20120523 Prague

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2年前ミュンヘンで、オクトーバーフェストのなんともいえぬハイテンションぶりに衝撃を受けた私。で、今回プラハのビアフェスティバル(以下ビールまつり)に行くのをとても楽しみにしていたのですが、まだ5回目だそうで立派な公式サイトはあるものの今ひとつネットに情報が少ない。とにかくサイトでアクセス方法を調べ、Googleマップで大体の位置を把握してトラムに乗り込みました。

やっぱり迷いました。

正しい停留所で降りたつもりがどこにもまつりの気配はなく、歩けど歩けどそれらしいものは見当たらず。この日は真夏のように暑く、ビールにはうってつけの気候でしたが迷子にはつらい。偶然たどりついた広大な怪しげなマーケット(後で調べたらPražská Tržniceというとこでした)でビール休憩をとり、仕方なくiPhoneをネットに接続したらまったく逆方向の場所にいることが判明。何故だろう。

そこからかなり歩いてようやくたどり着いた会場は、万博跡地の公園内にあるExhibition Centre Prague-Holešovice。観光客などほとんど来そうにないこの場所で、ひっそりと開催されていました。簡易遊園地もありましたが一組の親子以外誰もおらず、BGMのランバダがむなしく鳴り響くのみ。平日の昼間なのでこんなものかと思う反面、オクトーバーフェストが頭にあったのでちょっとあれー?という感じです。

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メイン会場らしいテントに行って、まずは専用コイン(Beer Tolar)を購入。225CZK。食事やグッズ購入などビールまつりでの支払いはすべてこれで行います。とはいえ、テント外の屋台ではこれが使えないので、5枚単位でしか購入できないというのはちょっと微妙。大ジョッキの公式ビールとローストビーフを頼んで一気に使い切ります。安い。美味しい。
テントにも人は少なくなかなか気分が盛り上がりませんが、音楽を奏でるおじさん二人の存在がありがたい。

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別のテントも覗いてみます。先ほどの会場が、公式ビールとしっかりした食事が中心だったのに対し、こちらは軽食のみ。しかし、かなりの種類のビールがそろっており、好きなだけ飲み比べできるのがポイント(大きな胃袋と丈夫な肝臓さえあれば)。銘柄は忘れましたが、とりあえずビールとソーセージの酢漬けをオーダー。価格も安めなせいか、さっきよりだいぶ賑わっています。よかった。

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ところでこのビールまつり、ジョッキやグラスがとにかく大きい。確かジョッキは1リットルサイズのはず。続けて飲むには厳しいので、休憩がてら隣の建物で行われていた「人体の不思議展(※勝手に命名/正式名称 The Human Body Exhibition)」を見ることにしました。ビールまつりより断然賑わってるのがなんだかせつない。

で、再びビールとソーセージで第3ラウンド。どのビールも、やはりとても美味しい。さすがチェコビール。とはいえそろそろお腹もふくれてきたので引き上げることに。隣に座った地元の人たちに元気さえあれば歩いて25分ぐらいでヴァーツラフ広場まで戻れるよと言われたけれど、いや、もう無理です。
で、トラムに乗ったはいいけれど、まわりの景色がどんどん寂しくなっていくなーと思ったら、また間違えて違う方向に行っていたようで気付いたら終点でした。トラムの1日券買っておいてよかった。iPhone持っててよかった。

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いろいろ大変でしたが、やっぱりチェコビールは最高に美味しく、そして安い。
機会があればぜひまた再訪したいものです。
今度は盛り上がってる時間帯を狙って。

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20120522 Prague

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2012年5月下旬から1ヵ月間ヨーロッパを旅行することになりました。
最初はウィーンからブルガリアに入るつもりだったのが、ちょうどその時期プラハで今年5回目となるビールまつり(正式名称:ČESKÝ PIVNÍ FESTIVAL PRAHA 2012)が行われていると知り旅程を変更。プラハからチェスキー・クルムロフを通ってウィーンに移動、そこからブルガリアに飛ぶことに。

余談ですが、フィンランド航空の機内食のメニューは穴子丼+蕎麦+パン+クラッカーと、見事なまでに主食まつりでした。

そんなこんなで、プラハの空港に着いたのは5月22日の19時前。Airport Expressに乗ってプラハ本駅まで行き、そこから歩いて今日の宿Residence Beneへ。あれこれしているとあっという間に21時前になってしまいましたが、散策に出かけることにします。プラハは2回目ということもあり、「ビールまつり以外は軽く流す(何を?)ぐらいでいいか」と思っていたのですが、いざ観光のベストスポット、旧市街広場まで来るとテンションが急上昇。やっぱりいいわ、プラハ。確かに観光客だらけなのですが、それもまた一興。ちょうど日も暮れてきた頃で、幻想的なライトアップを満喫できました。

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上機嫌なまま歩を進め、前回来た時に泊まった思い出のウ・メドヴィートクー U MEDVÍDKŮ へ。レストランとバーが併設され、さらには上階がホテルになっているというまさにビール好きにうってつけの場所。懐かしの味をしばし堪能し、またぶらぶら歩いて自分の宿へ。4年ぶりで、前回もたった数泊しかしなかった割には意外と道を覚えているものだなぁと思いました。まあ、旧市街がそれだけ狭いということでもありますが。

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20110119

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ヘルシンキから空路でスロベニアはリュブリャナへ。
空港からは乗り合いミニバスで、市街地まで移動。€5。
中央駅前で降ろしてもらったのですが、
首都のメインステーションとは思えないその建物のこじんまり具合に驚きです。
駅構内にリンゴ(生)の自動販売機があったのにも驚きです。

本日の宿は、駅から少し歩いたところにあるHostel Celica。
荷物を預けてさっそく散策することに。
ピークの時間を過ぎ片付けモードに入っていた路上マーケットを抜けて
川沿いにブラブラと。延々オープンカフェが連なっています。
駅のサイズもさることながら街全体がコンパクトにまとまっており、
旧市街の雰囲気と相まってなんだか愛らしい。
アイスクリームを買い食いしたのですが、
「Energy」という名前にそそられて選んだそれは、オロナミンC味でした。





途中雹(ひょう)まじりのゲリラ豪雨に見舞われつつも
国立美術館→現代美術館→教会いくつかを見学して、
最後はケーブルカーでリュブリャナ城へ。
フニクリフニクラフニクリフニクラ。

Photo by TiltShift Generator

天気はあまりよくないものの、街を一望できて気持ちよいことこの上無し。
そしてなんとここで、私と同じ県出身の若者と、隣県から来られた年配の男性と遭遇。
世界は思った以上に狭かったです。
夜はホステルで、他の若者も加わってビールを酌み交わしました。

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リュブリャナで見つけた日本語の落書き。必ずしもどうしたのだ。
その他、レコスケくんTシャツを着た金髪女性にも遭遇。レアな光景。

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[Hotel] Sokos Hotel Vaakuna





中央駅の真横に位置し、デパート併設というこの上ない立地の良さが売りの
ソコス ホテル ヴァークナ Sokos Hotel Vaakuna。
結局寝に行っただけのようなものでしたが、
朝食にミートボールと魚の酢漬けを食べて、かろうじてフィンランド気分を満喫。

| Sokos Hotel Vaakuna |
Asema-aukio 2, 00100 Helsinki, Finland

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早くから計画をたてていたにもかかわらず、
出発前は怒濤の忙しさで何の準備も出来ていませんでした。
しかもようやく仕事を終え「ちょっとひと眠り」と思ったら
目を覚ましたのが家を出る時刻の1時間半前。
下調べも荷造りも当然できておらず、目の前が真っ暗になりました。
そんなこんなでようやく辿り着いたヘルシンキ。
2度目しかも1泊のみということで軽く街ブラする程度でいいかと思い、
まずは陽光差し込むホテルの部屋でビールを1本。
次にベッドの上で意識を取り戻したのは、既に深夜のことでありました。

In early 2010, I purchased a flight ticket to Europe. I was really excited about it, however, I got very busy in the ensuing months and work had not been quiet up until the last day before my vacation. Thus I had not yet prepared for my trip. In addition to this, I overslept on my departure day.
There was only an hour and a half before I had to leave home, so I had to pack everything up in haste without due consideration. As a result, I found that I forgot to bring some necessaries, even my guidebook.
Anyway, I arrived at my hotel room in Helsinki in the late afternoon. It was my second visit and I had already explored this lovely small city before. Although it was just a one-night stay and I would have to check out early the next morning, I decided to have a can of beer and take a nap before going out.
When I woke up again, it was almost midnight.
Having beer, sleeping, and having breakfast. That's all I did in Helsinki. I don't remember how many times I cursed myself that day.



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20060726 Auschwitz-Birkenau Concentration Camp

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今日の目的地は、ポーランド国立オシフィエンチム博物館。
ドイツ・ナチスによるアウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所跡地です。
「オシフィエンチム(Oświęcim)」は収容所のある都市の名前。
そこに付けられたドイツ語名がアウシュビッツ(Auscwitz)だということは、
旅行前に初めて知りました。
クラクフ中央駅7:10発のバスにKちゃん、昨日会ったIさんと共に乗り込み、
ガイドさんとの待ち合わせ時刻の9時までには現地着。
案内してくださったのは、同施設公認ガイドのうち唯一の日本人である中谷剛さん。
朝早いせいか、まだ人影もまばらです。

旅行前は、私のように歴史に疎い者がのこのこと出かけてよいものだろうかと
少しためらいがありました。館内を進むうちにその思いは強くなります。
本や映画などを通してしか知らなかった事実の数々がグイグイと胸に突き刺さって、
鉛のような重い感覚がどんどんたまっていきます。
虐殺の痕跡を目にしたからと言って、実体験した訳ではないことに変わりはないのに。
でも、時々ふとどこか遠い世界の話を聞いているような気持ちになったのもまた事実です。
私が平和な場所で生きている人間だからなのか、
ここで行われた非道な行為が狂気という言葉さえも遥かに超えたものだからなのか。
収容された人々の写真が壁一面に並んでいます。
所々にまだ新しい花が添えられています。
それを目にして、これが現実にあったことだということを、
また、今なお歴史は悲劇の上に続いているということを再び思い知るのです。

第二強制収容所ビルケナウでは、イスラエルからの旅行者を多く見かけました
(中谷さんに教えてもらわないとわからなかったのですが)。
そしてちょうどこの頃、イスラエルのレバノン侵攻が連日ニュースを賑わせていました。
ここに敷かれた線路を見た時、頭に浮かんだのは
学生時代に観た映画『コルチャック先生』のラストシーン。
収容所行きの貨車が草原で停まり、
ユダヤの象徴であるダビデの星の旗を持った孤児院の子どもたちが降りてくる場面。
笑顔を浮かべ、楽しそうに駆けてゆくコルチャック先生と子どもたちの姿は
画面からフェードアウトして、そして…。

中谷さんのガイドは、決して感情的にならず、また語り過ぎることなく
それでいてとてもわかりやすいものでした。
もちろん一から十まで教えてくれた上で、
その次に自分で考えるための手がかりをくださったような気がします。

今もまだ、何がわかって何がわかっていないのか自分でも理解できていませんが、
いつかまたこの地を訪れてみたいと思っています。


『アウシュヴィッツ博物館案内』中谷剛 著
『アウシュヴィッツ収容所』ルドルフ・ヘス 著/片桐啓治 訳
『コルチャック先生』(原題:Korczak)1990年 ポーランド・西独・フランス合作
  監督  アンジェイ・ワイダ/主演  ヴォイテク・プショニャック
IMDb
ヤヌシュ・コルチャック(Wikipedia)

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20060725-27 [Hotel] Hotel Floryan

16世紀に建てられたという建物を改装したHotel Floryan。
旧市街地のメインストリートであるFlorianska通り沿いにあり、とても便利です。
レセプションはこじんまりとしているものの、部屋に入ればゆったり広々。
併設のレストランは朝食時にしか利用していませんが、
シックなインテリアでよい雰囲気でした。
2部屋あるスーペリアルームを1泊朝食付470PLNで。
ダブルベッドと簡易ベッドがありました。
チェックアウト時、ジャイアン(仮名)氏が外へ出て見送ってくれたのですが、
知らない国での旅は小さな心遣いが身にしみます。
メール予約時のやり取りも大変親切丁寧でとても好印象でした。

さて、日本に戻ってからKちゃんと宿泊料金の精算をしたのですが、
Kちゃんが送ってくれたホテルのレシートは手書きのもので、
どこからどこまでが一文字なのかさえ解読できませんでした。

| Hotel Floryan |
Floriańska 38
http://www.floryan.com.pl/en/


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20060725 Berlin→Kraków

振り返ってみると、まだまだ行きたいところが残りまくりのベルリン滞在。
ソーセージ、もっと食べたかった。
後ろ髪をひかれながら、ホテルを後にします。
朝のFriedeichstr.駅。自分の持っている乗り放題チケットで空港まで行けるのか
念のため確認しておこうとSバーンの窓口へ。
するとそこには、なんと素敵なSバーングッズの数々が。
シンプルなロゴ(参照)を使ったマウスパッド、キーホルダー、ペンやリュックなどが
ガラスケースの中に並んでいます。
時間が無かったので購入はあきらめました。もっと早く知っていれば。

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チケットでエアポートエクスプレスに乗れるとわかったので、
列車で一路シェーネフェルト Schönefelt 空港へ。
ちなみにこの「Schö」の発音が大変難しく、Sバーン窓口でなかなかわかってもらえませんでした。
見た目はなんとなくこじんまりとした空港に到着。
入口前で、お客さんや空港の職員の方たちが肩を並べてタバコを吸っていました。
中に入ると全然こじんまりとしていませんでした。
マフィンとオレンジジュースで朝昼兼用の簡単な食事をすませ、
今日乗る飛行機、easy jetのカウンターでチェックイン。ここでもすごい人です。
ここまで大変スムーズだったのですが、出国審査で旅のルートをかなり詳細に聞かれ、
少し手間取る羽目に。
何故なら7月9日の関空出国以来、パスポートに1つもスタンプが押されていなかったのです。フランスめ。

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どっと疲れた出国審査を終え、やっと機内へ。
easy jet のCAさんはいかつい男性二人。
安全設備のインストラクションの間もずっとニヤニヤしてます。なんだか新鮮。
で、とうとうこの旅の最終目的地、ポーランドはクラクフのバリツェ Balice 空港に到着。
軍用機がずらりと並んでいます。
ここで日本人旅行者のIさんと知り合いになり、一緒に市内へ移動することになりました。
Iさんは会社を辞め、全行程3ヵ月半の旅の途中でした。大変うらやましい。
つい先日開通したばかりという市街地行きの列車に乗りたいと私が主張し
空港からのシャトルバスに乗り込んだのですが、いざ駅で降りてみると
まったく何も無い場所にホームがあるだけのびっくりな状態でありました。車両は2両。
そしてなんとか中央駅に着いたものの、今度は駅で迷う。この複雑で広い駅はなんなのだ。
駅ではたくさんの学生らしき人たちが観光客にホテルを斡旋していて、
最初はなんとなくうさんくさく思っていたのですが実はものすごく親切で、
私が予約していたホテルまでの行き方を丁寧に教えてくれた上に
地図までくれました。うさんくさいだなんて思ってしまって大変申し訳ありません。
そしてIさん、適当な行動に付き合わせてしまって大変申し訳ありません。


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さて、ようやく今日の宿、HOTEL FLORYAN に到着しました。
メインストリート沿いで駅からも近く、とても便利な立地です。
レセプションにいた大柄な男性と眼鏡の小柄な男性とのやり取りがおもしろく、
「よさそうなホテルだな」と思ったら部屋も広々としてとても素敵でした。
ベルリンでエアコン無しの4夜を過ごした後なので、快適指数300%。
そして、部屋のドアを開けて私を迎えてくれたのは、大学時代の友人Kちゃん。数年ぶりの再会です。
千葉と香川に住む私たちがクラクフのホテルで落ち合うなんて、
なんと二人とも大人になったことよ。


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冷蔵庫のビールを空けてしばし休憩。
レセプションの人(Kちゃんは“コメディアン&メガネくん”、私は“ジャイアン&のび太くん”と命名)に明朝のアウシュビッツ行きのバスの時刻を調べておいてもらえないかとお願いして、散歩に出かけました。
ほんとに中世のままのような美しい街並。
でも思っていた以上にハイカラな今時のショップも多いです。
あっという間に中心地の端の方に着いてしまいました。
これなら滞在中に公共交通機関を使うことはあまり無さそうです。
夕食は途中で見つけた雰囲気のよさそうなレストランへ。
屋根裏のようなフロアに通され、素敵ーと思っていたら熱気がこもってとてつもなく暑い。
なのでビールを即オーダー。
同じ名前のバリエーション違いの料理がメニューにずらりと並んでいたので、
一つ試しに頼んでみることにしました。
運ばれてきたお皿を見てびっくり。大きい。そしてお皿からはみ出さんばかりの料理。
お店の女の子に「1人で食べられる量ですか?」と聞いたら
「オフコース!」と元気よく返ってきたのに。
鶏肉や野菜を炒めたものを、ピタパンのような生地で包んだこの料理。
かかった甘口のソースがほのかにオタフクソースを思い出させ、
さらに添えられたマヨネーズでお好み焼き風味がアップします。美味しい。
Kちゃんの選んだ、スパイシーな豚肉のソテーもとても美味しい。
汗をふきながら完食しました。やはりご飯は一人より二人で食べる方が楽しいです。

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写真が見にくくて醜くてすみません


ホテルに戻る前に、私はネットカフェに行かなくてはいけません。
明日会う予定の人と連絡を取らなければならないのです。
ビルの2階にある怪しげなネットカフェ。狭くて暗い。
もともとWindowsをほとんど使ったことが無いのに加え、キーボードはポーランド語配列。
悪戦苦闘して、なんとかメールチェックを終えました。
部屋に戻ってみると、Kちゃん曰く
「コメディアン(仮名)は“わからなかった”との伝言を残して帰ってしまったらしい」との事。ガックリであります。
さらにKちゃんが、「おもしろいからぜひテレビで映画を見てみて」と言います。
チャンネルをあわせてみると、確かに笑えます。何故かというと、すべてのセリフを弁士よろしく一人の男性がポーランド語に吹き替えしているのです。
とても真面目な口調で。アクションシーンも女性の声も。
コメディ映画もこんなに淡々と訳すのでしょうか。
ベッドシーンもこの調子なのでしょうか。
今思えば、もしかするとテレビの設定が副音声になっていたのかもしれませんが
この時は大ウケしながら「遠い国に来たなぁ」としみじみ実感しておりました。

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大真面目

余談ですが、部屋に置いてあったクラクフの電話帳がびっくりするぐらい分厚く、
中も極小フォントでびっしり埋められていたのが忘れられません。

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朝起きて一番に目に飛び込んでくるのは馬のお尻

カラカラに乾いた喉と共に目覚めた今日はベルリン最終日。
一刻も早く喉を潤さんと猛スピードで身支度を整え、
レセプションで購入したオレンジジュースを一気飲み。
その足で郵便局に梱包用の箱を買いに行きました。
移動が多いからと荷物を少なくしたのですが、
やはり大きなスーツケースにしておけばよかった。

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ホテルの人に教えてもらった Friedrichstr. 駅内の郵便局で、無事購入。
ガイドブックによるとこの近くで“博物館島マーケット”が行われているというので
そちらの方に向かって歩いてみることにしました。
が、場所は合っているはずなのに、何も無い。
移転したのか、私が何か間違えているのか。
まあとにかく荷造りのために一旦ホテルに戻ろうと思ったら、
途中でインド料理レストランの店頭に、
「Chicken Curry mit rise mit salat €5」
の文字を発見。チキンカレー! ごはん! なんて魅力的 !!!!!
前夜ビールだけで過ごしたこともあり、お腹ペコペコです。

さて、ビールと共に運ばれてきたカレーセット。
おかーさーん、やっぱり量が多すぎたよ!
美味しいのですが食べても食べても減る気配がありません。
さらにインディカ米(?)って、ちょっとパサついている分よく噛むからか、
胃の中で水分を吸収するからか、とにかくお腹が猛烈に膨れます。
さすがの私も残さざるを得ませんでした。すみません。
食後に出された一口サイズのマンゴージュースが絶品でした。

で、部屋に戻って不要な物などを荷造りし、再び郵便局へ。
この辺りからなんだか体調がおかしくなり、並んで順番を待つのも辛くなってきました。
やっと窓口の前に立つと、親切な職員さんが
「別の箱に詰め替えた方が送料が安くなる」と教えてくれたので
新たに箱を買い直し、駅前のベンチで再荷造り。
段々嫌な汗が流れ始めて、少々危険を感じたのでひとまず売店で水を購入したのですが
なんと0.75リットルをほとんどすぐに飲み干してしまい、
それでも喉の乾きがおさまりません。そしてひどい目眩。
「もう駄目だ…」と思ったその後、

気付けばベンチで1時間程熟睡していました。
荷物も我が身も無事でしたが、今思い出してもおそろしい。


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少し気分が回復したので荷物を発送し、Uバーンに乗り込みました。
目指すはユダヤ博物館 Jüdisches Museum Berlin。
最寄りの Hallesches Tor 駅とその前に建つ円形の集合住宅、
中心の広場のバランスが美しい。
なんといっても最終日、気合いを入れてなんとか歩きます。
ユダヤ博物館はポーランド生まれで今はアメリカ国籍を持つ Daniel Libeskind 氏の設計。
なんでもこの建物の複雑な形はドイツ人とユダヤ人の関係を表しているとか。
不規則な構造、途切れては新たに広がる空間、狂うバランス感覚。
「The Holocaoust Tower」という狭く閉ざされた部屋は、
かろうじて差す光は決して手の届かない遥か頭上に、といった作り。
歴史の重みをひしひしと感じる場所です。
他に印象的だったのは、屋外にある、49本のコンクリート柱の並ぶ「The Garden of Exile」。
傾いた地面の上を歩いていると得も知れぬ心細さにおそわれます。

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この博物館はもっとちゃんと見るべきだったのですが、
また体調が悪化してきたので途中で切り上げることにしました。
これが今でも悔やまれます。
駅前まで戻って、本日数回目の胃薬を飲んでベンチで休憩。
少し風が出てきて、やっと少し生き返った気分。
耳を澄ますとあちこちからドイツ語が聞こえてくるのですが、
やはり何度聞いても「ア、ソウ(Ach so:正確には「ゾウ」らしい。よく使われる相づち)」「チューッス(Tschüs:くだけた“さよなら”)」が日本語にしか思えず愉快です。
この暑い中真っ黒なスーツに真っ黒なサングラス着用のおじさんが、
肩に大変立派な青いオウムを乗せて目の前を通り過ぎました。
背中にはくっきりオウムのフンの跡が付いてました。


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寛大な心と厳格な心と


少し楽になったので、今度は「虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑 Denkmal für die ermordeten Juden Europas」へ。
ポツダム広場近くに広がる約19,000㎡強(!)の広大な敷地に、
2,711(!)もの石碑が並びます。離れて眺めても圧巻だけれど、
中を歩いて見るとまた感じ方が変わります。
高低差のある石碑の作る影や、通路の向こうにふと現れてはまた消えていく人々。
ユダヤ博物館の外庭と同様に何か心細い気持ちになります。
今私は、虐殺された人々のお墓参りをしているのでしょうか。

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しばらくそこで過ごした後、地下の情報センターが閉まっていたので
そのままポツダム広場へ向かいます。
映画「ベルリン・天使の詩」では、登場人物ホメロス翁が、「ここがあのポツダム広場か?」(うろ覚え)と荒涼とした風景の中でつぶやいていました。
その映画でしかこの地を知らなかった私も言います。
「ここがあのポツダム広場か?」

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まだまだ周辺に空き地は多いものの、立派なビルがてんこ盛り。
その中心・ソニーセンターの広場で腰を下ろします。
大変賑わっており、ノートPCを広げている人多数。無線LANスポットなのでしょうね。
よちよち歩きの女の子がボールを蹴って遊んでいます。
あらぬ方向へ行ってしまうボールを、
警備のおじさん、道往くビジネスマンや観光客らしき人たちが
優しく蹴り返してあげていました。微笑ましい光景。
この日一番なごんだ時間でありました。


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ホテルに戻る前に冷房で体調を整えようと、
またもや大型書店のドゥスマンへ。やっぱりここはパラダイス。
次に使う機会があるかどうかはさておき、
Lonely Planet のフランス語&ドイツ語旅行会話集を購入しました。
「ドラッグはやりません」なんていう会話例があって、無駄な知識がつきそうです。
あと、つい買ってしまったのがワールドカップ2006コーナーに
山積みされて絶賛大安売り中だった緑色のTシャツ。
シンプルに「BRING MICH ZUM RASEN!」と書かれてあり可愛いです。
“私を野球に連れてって(Take Me Out To the Ball Game)”のサッカー版でしょうか。
その後はあまり食欲もないので、ホテル近くの小さな食料品店で
ビールと水と一見海老のオリーブオイル漬けのようなものを購入。その名も「Surimi」。
そのまんま魚介のすり身なのですが、オイルと酢がきつすぎて味がよくわかりません。
ベルリン最後の夜は、こうして地味にふけていきました。

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点けると死ぬ程熱くて暑い禁断のライト