20100406

20060726 Auschwitz-Birkenau Concentration Camp

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今日の目的地は、ポーランド国立オシフィエンチム博物館。
ドイツ・ナチスによるアウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所跡地です。
「オシフィエンチム(Oświęcim)」は収容所のある都市の名前。
そこに付けられたドイツ語名がアウシュビッツ(Auscwitz)だということは、
旅行前に初めて知りました。
クラクフ中央駅7:10発のバスにKちゃん、昨日会ったIさんと共に乗り込み、
ガイドさんとの待ち合わせ時刻の9時までには現地着。
案内してくださったのは、同施設公認ガイドのうち唯一の日本人である中谷剛さん。
朝早いせいか、まだ人影もまばらです。

旅行前は、私のように歴史に疎い者がのこのこと出かけてよいものだろうかと
少しためらいがありました。館内を進むうちにその思いは強くなります。
本や映画などを通してしか知らなかった事実の数々がグイグイと胸に突き刺さって、
鉛のような重い感覚がどんどんたまっていきます。
虐殺の痕跡を目にしたからと言って、実体験した訳ではないことに変わりはないのに。
でも、時々ふとどこか遠い世界の話を聞いているような気持ちになったのもまた事実です。
私が平和な場所で生きている人間だからなのか、
ここで行われた非道な行為が狂気という言葉さえも遥かに超えたものだからなのか。
収容された人々の写真が壁一面に並んでいます。
所々にまだ新しい花が添えられています。
それを目にして、これが現実にあったことだということを、
また、今なお歴史は悲劇の上に続いているということを再び思い知るのです。

第二強制収容所ビルケナウでは、イスラエルからの旅行者を多く見かけました
(中谷さんに教えてもらわないとわからなかったのですが)。
そしてちょうどこの頃、イスラエルのレバノン侵攻が連日ニュースを賑わせていました。
ここに敷かれた線路を見た時、頭に浮かんだのは
学生時代に観た映画『コルチャック先生』のラストシーン。
収容所行きの貨車が草原で停まり、
ユダヤの象徴であるダビデの星の旗を持った孤児院の子どもたちが降りてくる場面。
笑顔を浮かべ、楽しそうに駆けてゆくコルチャック先生と子どもたちの姿は
画面からフェードアウトして、そして…。

中谷さんのガイドは、決して感情的にならず、また語り過ぎることなく
それでいてとてもわかりやすいものでした。
もちろん一から十まで教えてくれた上で、
その次に自分で考えるための手がかりをくださったような気がします。

今もまだ、何がわかって何がわかっていないのか自分でも理解できていませんが、
いつかまたこの地を訪れてみたいと思っています。


『アウシュヴィッツ博物館案内』中谷剛 著
『アウシュヴィッツ収容所』ルドルフ・ヘス 著/片桐啓治 訳
『コルチャック先生』(原題:Korczak)1990年 ポーランド・西独・フランス合作
  監督  アンジェイ・ワイダ/主演  ヴォイテク・プショニャック
IMDb
ヤヌシュ・コルチャック(Wikipedia)